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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2204号 判決

判  決

東京都練馬区江古田町二二一一番地

申請人

林男植

右代理人弁護士

浜口武人

今井敬弥

上条貞夫

小島成一

坂本修

松本善明

安田郁子

矢田部理

渡辺正雄

東京都新宿区百人町三丁目三九〇番地

被申請人

東京コンドルタクシー株式会社

右代表者代表取締役

岩田泰成

右代理人弁護士

山岸文雄

秋知和憲

右当事者間の昭和三四年(ヨ)第二二〇四号地位保全仮処分申請事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被申請人は、申請人に対し昭和三四年一〇月以降本案判決確定の日の属する月、ただしその日が月の二八日以前のときはその前月まで毎月二八日限り金二〇、〇〇〇円ずつの金員を仮りに支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事  実(省略)

理由

一  被申請会社が申請人主張のような事業を営む株式会社であり、申請人が昭和三一年被申請会社の従業員(タクシー運転手)となつたこと、および被申請会社が昭和三四年九月七日申請人に対し解雇予告の意思表示をし、同年一〇月七日以降申請人を従業員として取り扱つていないことは、当事者間に争いがない。

二、申請人は本件解雇をもつて不当労働行為であるとして主張し、被申請会社は右解雇は申請人に懲戒に値する非行があつたことに基づくものであると主張するので、その当否を検討する。

1  申請人の主張について

被申請会社の従業員が昭和二七年一一月東京コンドル労組を結成し、結成と同時に同労組が関東同盟に加入したことは当事者間に争いがないところ、(疎明)を総合すると、一応次の事実を認めることができる。

(一)  被申請会社の組合対策

(1) 昭和三三年一一月頃当時の東京コンドル労組の執行委員長であつた山崎幸丸が組合員の労働金庫に対する積立金約六〇万円を無断で費消した事実が発覚し、その後間もなく同執行委員長が死亡したので、東京コンドル労組は執行委員長の補充等その対策樹立のため早期に組合大会を開く必要にせまられ、その頃被申請会社に対し翌三四年四月に開催予定の定期大会を同和一月に繰り上げて開催したい旨申し入れたが、被申請会社が右大会のため従業員が休業することを許可しなかつたため、組合の定期大会を繰り上げ開催することが不能となり、当分副執行委員長南光明に執行委員長の権限を代行させることを余儀なくさせられた。

(2) 次いで被申請会社は、かねて東京コンドル労組が他のタクシー会社の事例にかんがみ組長制度が組合対算に利用されることを危惧し、その設置に反対の意思を表明していたのにもかかわらず、昭和三四年二月に至り突如一方的に組長制度を設け、運転手を一〇組に分けて各組に運転手から選んだ組長および副組長を置き、運行責任者の権限を分担させることにしたが、積極的な組合活動家だけを一、二組に編入するという組割りをした。

(3) しかして組合の定期大会が同年三月二二日に開催される予定であつたところ、被申請会社はその前日の同月二一日運転手に対し、通常の日の帰庫時刻である午前二時まで稼働せず、なるべく午後一一時までに帰庫するように命じ、運転手が同日午後一一時頃次々帰庫すると組長らの運転する自動車に乗せて強制的に帰宅させたり、組長らの職制を通じて右大会に出席しないよう強要したりして組合員の右大会への出席を妨害した。そのため翌二二日に開催された定期大会にはわずか五十数名の組合員しか出席せず、組合規約に定められた定足数である三分の二に満たなかつたので右大会は流会のやむなきに至つた。

(4) そこでこれに出席した組合員らは、便宜、定期大会に準じて議事を進行することとし、小倉菊寿が議長となり、財政、運動方針等に関する事項を審議し、次いで執行部を選出して執行委員長に清水敷夫、副執行委員長に申請人、書記長に西条正を各選出し、かつ決議事項については後日職場会の承認を得ることを全員一致で決定した。しかしながら被申請会社が職場会の開催のため従業員が休業することを承認しなかつたので、右役員の選出を含む右決議事項は職場会の承認を得るに至らなかつた。

(5) また、前記組合大会に代る集会において、岡田某ほか一名が定足数に不足が生じたのは会社側が介入したためである旨発言したところ、被申請会社は翌二三日右岡田ほか一名が半年ないし一年以前にメーター不倒による不正行為をしたことをにわかに取り上げ、右両名に下車勤を命じた。そこで前記西条正らは右岡田らの不正行為を調査した結果、その行為当時東京旅客自動車指導委員会もこれを単なる不注意によるものと認め格別厳正な措置に出なかつたものであることが判明したので、被申請会社に右下車勤処分の不当を抗議したが、被申請会社はこれを聞き容れなかつた。そのため右岡田らはみずから闘争を断念して退職するに至つた。

(6) 次に前記集会で組合役員たるべく選出された組合員らはいまだ組合役員として正式の承認を得るに至らなかつたが、おのずから東京コンドル労組における組合活動の中心的勢力を形成し、従前からの組合役員と対立するに至つたが、組合員全体のため組合を分裂させることを好まず、南副執行委員長ら従前からの組合役員を説得して組合運営の円満化に協力すべき旨の言質を取りつけたので、南副執行委員長らの申出に応じ、前記集会で決定された組合役員の選出を含むすべての事項につき決定を水に流し、新たに組合大会を開催してその向背にかけることを了解した。そこで南副執行委員長は、被申請会社に対し同年四月二一日、二二日の両日緊急の組合大会を開催すべき旨申し出た。ところが被申請会社は今度はたやすくこれを承認するとともに、同月一八日頃から組長らの職制を通じ約八〇名の組合員に対し、被申請会社の意に適つた候補者一二名の氏名を印刷したビラに金二、〇〇〇円宛をあわせて交付し、右候補者に投票すべく要求し、これによつて同月二一日、二二日に開催された組合大会において右候補者全員を組合役員に選出させることに成功した。

(7) かくして選出された組合執行部は、同年五月三一日緊急職場会を開催し、金沢二相に議長として議事を進行させ、同職場会の決議をもつて組合大会の決議に代える旨を宣したうえ、関東同盟からの脱退およびこれに伴う組合費値下げの件を上程し、右議案につき約九〇名の出席者にほとんど質疑討論を許さずに採決を強行させ、出席者の過半数の賛成が得られなかつたにもかかわらず、組合規約の定めに反して右議案を可決されたものとして取り扱い翌六月一日には関東同盟に対し脱退通告をし、その旨を発表した。

(二)  申請人の組合活動

以上のような組合運営に不満を抱いた申請人を含む約四〇名の組合員は、被申請会社の介入を許さない自主的な労働組合を結成するほかはないとし、同年六月三日、六日の両日会合して関東同盟との上下関係を維持する同盟コンドル労組を結成し、その執行委員長に清水敷夫、副執行委員長に申請人、書記長に西条正を各選任した。もつとも右組合員らは東京コンドル労組に対し脱退の手続をしなかつたが、その後は同盟コンドル労組の組合員として活発な組合活動を展開したのであつた。申請人についてこれをみると、次のとおりである。

(1) 昭和三四年六月中旬頃同盟コンドル労組の組合員石上某が降雨のため過つて車両を滑らせて事故を起したところ、被申請会社は、従前右程度の事故によつては下車勤を命じた例がないにもかかわらず、右石上に対し直ちに下車勤を命じた。そこで申請人は、清水執行委員長、西条書記長らとともに被申請会社の藤本専務、金村課長らに対し、右石上に対する下車勤処分をもつて同盟コンドル労組の組合員なるがゆえになされた差別待遇であるとして強く抗議して右処分を撤回させた。

(2) 同月下旬頃申請人は、被申請会社から従前あてがわれていた営業用自動車が廃車となつたため、これに代えて中古車の配車を受けたが、従来被申請会社においては営業用自動車を廃車するときは、当該自動車を配車していた運転手に優先的に新車を配車することが慣行となつていたので、右中古車の配車は同盟コンドル労組の副執行委員長たることによる差別待遇であるとし、直ちに会社側に抗議を申し入れて新車を配車すべく確約させた。なお、申請人は、被申請会社が同盟コンドル労組の組合員樋口音次の担当車を廃車した際にも、右同様同人に中古車を配車して差別待遇をしたので清水執行委員長とともに会社側に抗議して配車を改めさせた。

(3) 同年七月初頃申請人は、被申請会社が夏期手当につき申請人主張のような発表およびこれに合致しない不足額の支給をしたので、被申請会社に対し清水執行委員長らとともに強硬に抗議した。

(4) 同年八月中被申請会社は、申請人主張のような東京陸運局の走行制限に関する通達があるにもかかわらず、組長を通じて運転手に右制限違反の走行を命じたので、申請人は直属の組長金沢二相に右命令が違法であるとして抗議した。

(5) 同年九月中申請人は、その主張のような機会に仮眠所の労務施設に対する被申請会社の管理が十分でないとして被申請会社に抗議した。

(中略)他に右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

2  被申請会社の主張について

一方申請人が昭和三一年一一月および同三二年四月一八日の二回にわたり被申請会社主張のようなメーター不正使用をしたことは当事者間に争いがなく、(疎明)によれば申請人は昭和三二年二月にも被申請会社主張のような乗合行為をしたことが一応認められる。また申請人が同年六月中一度相番と午前八時に勤務を交替すべきであつたところ午後四時に帰社したことは当事者間に争いがなく、(疎明)によれば、申請人は同年五月頃にも右同様勤務の交替時間におくれて帰社したこと、および無断欠勤したことが各一度あつたことが一応認められる。

さらに、(疎明)を総合すると、申請人は、直属の組長金沢二相が勤務交替時に車両、車券、免許証等の点検をしようとするのを拒否し、またその指示に従わないことが多かつたこと、被申請人会社は東京陸運局の指示により従業員の隔日乗務を励行する必要から昭和三四年度における従業員の秋季旅行については勤務明番の運転手全員を一度に参加させることが不可能になつたので、組別に日を替えて参加させる計画をたてたところ、同年八月二〇日申請人は東京コンドル労組の書記長国本成辰に対し秋期旅行は明番の運転手全員でするよう組合の明番会議で決議すべき旨要求し、これに対して右国本が東京陸運局の指示がある以上被申請会社の計画に従うほかはない旨答えるや、これに憤慨し「なに、この犬」がと言つて同人に対し手拳で国本の頭部胸部等を数回殴打し、右足で同人の腰部を蹴飛ばす暴行を加えて同人に全治七日間の傷害を負わせたこと、および同年九月五日頃右秋期旅行の件に関して三組の会議が開かれたところ、申請人は三組に所属しないのにもかかわらず、右会場に到り平山組長に対し組別旅行を中止するよう申し入れて同人と口論をなし、被申請会社の営業課長金村泰が仲に入り申請人をなだめ、その肩辺に手を掛けて連れ出そうとしたところ、これに反抗し課長が暴力を振うとは何事だと言つて、右手拳で右金村の右上膊を一回殴打したことが一応認められる。

3  総合的考察

ところで被申請会社が本件解雇の理由として主張する申請人の非行中、前記認定の(1)メーターの不正使用および乗合行為、(2)勤務交替の遅延および無断欠勤はいずれも昭和三二年六月頃以前の事実に属し、その後右解雇の予告がなされるまでには少くとも二年有余の歳月が流れているのであるが、それにもかかわらず、なおかつこれを咎め立てしなければならないほど重大な非行であるとは認め難く、ことに(1)右の行為については(疎明)によればいずれもその都度穏便に解決されたものであることが一応認められるから、他に特段の事情がない限り(1)右の行為はもちろん、右(2)の行為も被申請会社をして申請人の解雇を決せしめる原因となつたものは、到底考えられないのである。

次に同じく解雇事由として主張される申請人の非行中、前記認定の(3)組長に対する車両その他の点検拒否および不服従、(4)国本書記長および金村営業課長に対する傷害または暴行は、なるほど事柄の性質上社内秩序の維持の観点からして好ましくない非行と評価されるに値しないものでもないけれども、被申請会社の組合対策および申請人の組合活動に関しさきに認定したところからすれば、とくに反対の事情がうかがえない限り、被申請会社が組長制度を設置したのは、企業組織の合理化に名をかりて組合活動の進展を抑圧する意図を包蔵する組合対策であつて、積極的な組合活動を展開した申請人にとつては正当な制度としてたやすく是認し難い筋合にあつたものと推認するのが一応相当であるから、右(3)および(4)の行為の評価にあたつては、この点を看過することができない。すなわち、右事情からすれば、申請人が右(3)のように組長に対し各種の点検を拒否し、またその指示に従わないことが多かつたことも、右(4)のように秋季旅行につき勤務明番にあたる従業員の組別による参加を排して全員合同による参加を唱えて行動したことも、被申請会社の組長制度による組合対策の不当に対して抵抗したものであることが一応推認されるから、右(3)の行為が被申請会社の業務管理に背く形でなされた点および右(4)の行為がたまたま暴行、傷害の結果を伴つた点に遺憾とすべきものがあるにしても、右行為が被申請会社の組合対策を縁由として生じたことを等閉に付し、ひとりその結果的現象のみをとらえて直ちに申請人に解雇をもつてその責任を問うのは著しく妥当を欠くものといわなければならない。右判断に関しては、右(3)の行為が被申請会社の業務に直接支障を与えるところがあり、また右(4)の暴行、傷害が計画的に加えられたものであつたならば、あるいは帰趨を異にしないとも限らないが、そのような事情の存在をうかがうに足りる疎明はないのである。しかして被申請会社の組合対策および申請人の組合活動に関する前記認定の事実からすれば、被申請会社が申請人に対し、その組合活動の故に差別待遇の意思を有したことは推認するに十分であるから、彼比考量するときは、本件解雇の意思表示は、申請人にたまたま前記(3)およびの行為があつた好機をとらえ、申請人の組合活動を支配的理由としてなされたものと認めるのが一応相当である。もつとも申請人は前記認定のように東京コンドル労組から脱退することなくして同盟コンドル労組の結成に参加し、かつ右労組結成後はその組合員として組合活動をしたものであるが、同盟コンドル労組の結成に至つた経緯、その実体ならびに申請人を含む右労組の組合員の組合活動の内容に関してさきに認定したところからすれば、申請人の組合活動はゆうに労働組合法第七条第一号にいわゆる労働組合の正当な行為に該当するものと解すべきであつて、申請人が形式上なお東京コンドル労組の組合員であつたことのために右判断が左右されるべきいわれはない。したがつて、申請人に対する右解雇の意思表示は、労働組合法第七条の不当労働行為を構成し労使関係の公序に反するものというべく、法律上効力を生ずるに由ないものである。

三、以上のとおりとすれば申請人と被申請会社との間には依然雇用関係が存続しているものというべきであるから、申請人が被申請会社に対し雇用契約上の権利を有することについては一応の疎明を得たものといわなければならない。しかるところ、弁論の全趣旨によれば、申請人は被申請会社から支給される賃金によつて生活を維持していたものであるが、本件解雇以降その賃金の支給を絶たれていることが明らかであるから、とくに反対事実の疎明がない限り申請人は賃金請求権につき、本案訴訟による救済を受けるまでの間に生活に窮し回復し難い損害を被るおそれがあるものと認めるのが一応相当であつて、この点に関し保全の必要性があることについても疎明があつたものといわなければならない。しかして本件解雇予告がなされた昭和三四年九月中申請人が一箇月分の賃金として金三一、〇〇〇円の支給を受けたことは当事者間に争いない事実によつて明らかであり、被申請会社における賃金支払日が毎月二八日であつたことも当事者間に争いがないから右事実も基従とし諸般の事情を参酌して主文第一項記載の仮処分命令を発するのを相当と認める。なお、申請人はその他に「申請人が被申請会社の従業員たる地位を仮りに定める。」との任意の履行に期待する趣旨に帰着する仮処分命令を求めるが、賃金請求権に関しては右のような断行の仮処分を相当とする以上重ねて任意の履行に期待する仮処分をなすことは無意味であるし、それかといつて賃金請求権以外に保全されるべき雇用契約上の権利が存在することについてもなんら申請人において主張するところがないから、右申請部分は排斥を免れない。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 駒 田 駿太郎

裁判官 吉 田 良 正

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